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 ←4話:エンチャに夢中 →6話:いなかもの
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「ChaosTrigger~天神復活と破滅の魔道書~」
Chapter15 焔魂の料理人

5話:光と闇と

 ←4話:エンチャに夢中 →6話:いなかもの
 作戦準備は着々と進み、ついにルセンへの出陣の日も決定した。
そんな中、今日もアンドラスはルアスの町の中を一人で巡回していた。
戦場へ赴く前に、子供達にしばらく会えないことを伝えておこうと思った帰路だった。

「あ、ヤアンさん!こんにちは!」

最近、よくヤアンがルアスに来ているのを目撃する。
二メートルを優に超える巨人は、遠くからでもよく分かりアンドラスの顔に笑顔が映える。
大きく手を振りながら彼に声をかけると、彼は部下と共に振り向いて止まってくれた。

「ん、おう、アンドラスじゃねーか。どうだ?調子は。」
「ええ、いつも通り元気ですよ。この通り、ふふ。」

わざわざ聞かなくても、自分を見つけて手を振りながら全力疾走してくる姿からは壮健さが迸っている。
それを更に見せ付けるように、彼女は目の前で跳ねたり腕を回したりと心のほうも元気そうだ。
彼女の様子を見て、巨人の顔にもやさしげな笑みが浮かぶ。とてもマフィアとは思えない。

「そうかそうか、元気が一番だな。てめえら、先に上がってろ。」

コレだけの黒ずくめに囲まれていてはアンドラスも話し辛いに違いない。
彼は部下達に先に城に戻るように指示すると、傍の公園まで彼女をエスコートし
ベンチにどっかりと腰掛けると、目を瞑りながら心地よい秋の風を満喫する。

「あ、そうだ、これ食べてください。私が作ったクッキーなんですが。」

いつ会っても彼女の懐からはクッキーが出てくる。
まるでお菓子を配りに街の中をあちこちうろついているかのようだ。
だが、彼女の優しさが詰まったお菓子を手に取るだけでどこか温かい気持ちになれた。

「姫に食えって言われて食わなかったらアルトシャンの旦那にどやされるかもしれんしな。」

笑いながらアンドラスからクッキーを受け取ってそれをじっと見つめるヤアン。
不思議なものだった。今自分の手の上に、当たり前のように食べ物がある。
おまけにそれはたくさんの食材を魔法のように組み合わせた神の食べ物かと思うほどの美味だ。
それが今、自分の手の上にたくさんあるのだ。

「まぁ、お父様はそんな事でヤアンさんに酷く当たるのですか?もしそういうことがあったら言ってください!私から言いますから!」

ヤアンの冗談を真に受けて、驚きに口をぽかんと開く。
すぐに彼女は父の仕打ちに目を三角にしながらヤアンの見方をして力強く拳を突き上げるが、
ヤアンは彼女に叱られるアルトシャンの姿を想像してみて大きく口をあけて笑って見せた。

「ははは、天下の総統も愛娘にはつくづく弱いらしいな!その気持ちだけありがたくいただいとくぜ。」
「子供達にはもう上げてきましたから、どうぞ召し上がってください。」

何度か食べて、アンドラスの作る菓子はおいしいことを知っている。
今回も鼻に近づけるだけで何ともいいバターの香りが広がって食欲をそそる。
彼女の笑顔も手伝って、どんなパティシエが作る銘菓よりヤアンはこの素朴なクッキーが好きだった。

「でもよ、お前が厨房に立つとすげえ火柱が上がるそうだが、どんな魔法使ってんだ?」

こんなにお菓子作りはうまいのに、なぜか料理となるとからっしきなところが不思議だ。
何せ最近帝国最高料理人と名高いイーグラーが彼女の面倒を見ているのも
彼女の料理が危険すぎて見ていられないとイスピザードが懇願したからだ。

「それは料理だけで!って・・・何を言わせてるんですか!」

言わされたことに気づいてすぐに言葉を飲み込むアンドラスだが今更遅い。
すぐに誘導尋問に引っかかる癖は直さなければと気をつけているのだが、どうにもダメだ。
目の前でしたり顔に笑うヤアンが恨めしい。

「ふっ、そんな顔をするな、素直なのはいいがちょっと釣られすぎるぜ?
 ・・・ほお、この前はマグレじゃなかったか。意外と女らしいところもあるんだな。」

やっぱり何度食べてもアンドラスの作るお菓子はうまい。
最初はこんなもの男の自分が食えるかと突っぱねたものだが、今ではお替りを要求するほどだ。
褒められてアンドラスも嬉しいのだが、やっぱり口が悪いので彼女は頬を膨らせる。

「意外は余計です!私だってこのくらいは普通に出来るんですよ!」

誰に作ってあげても、皆同じような困惑の表情を浮かべるから困ったものだ。
特にヤアンは自分のことを女の子だと見てくれていないようなことを平気で言うので
彼女はまた肩を怒らせながらクッキーの入った袋を彼から取り上げてしまった。

「そう怒るなって。まったく、怒ると怖いトコは親父以上だな・・・。」

頬を膨らせながらむすっと睨みあげてくるアンドラスに両手を向ける。
アルトシャンの怒鳴り声にはもうすっかり慣れたものだが、
彼女の怒った顔は何度見ても怖いもの。ところがまたついつい口がすべり、油を注ぐ。

「ヤアンさん!」
「ははは、これもジョークだ。でも、なかなかうまい菓子だぜ。」

これ以上遊ぶと本気で怒り出しそうなのでそろそろ降参しておく。
何とかクッキーの入った袋を返してもらい、中からまたひとつ取り出して空にかざす。
真ん中にあいた穴から差し込んでくる日差し。それを見つめて彼はポツリと漏らす。

「こんなもんを喰える日が来るとは・・・夢にも思ってなかったぜ。」

突然に彼の声のトーンが変わり、アンドラスは膨らせていた頬を萎ませた。
見上げてみると、彼の顔が何と複雑なことか。
どうやら彼は故郷のことを思い出しているようで、話しかけづらい雰囲気を放つ。

「ヤアンさんの故郷はきびしい食糧難だったんでしたっけ。」

思い出される絶叫と血に塗れた闇の世界。この手でどれだけ生を握り潰してきたか・・・。
下から不意に声をかけられて、見下ろせばアンドラスがいた。
そう、ここはデルクレビスではない。ずっと夢見てきた光の世界なのだ。

「ああ、日の当たらない真っ暗闇で木の実1個のために争うなんて茶飯事だった。
 その中で殺し合い、力を高めたものだけが生き延びる・・・それがデルクレビスの掟だった。」

思い浮かべるだけでも凄惨で、そして何とも恐ろしい。
食べ物1個で・・・今ヤアンが摘むクッキー1個でどれだけの命が死ぬというのだろう。
今まで、食べ物があって当然の中で生きてきた彼女にとって、信じられないことだった。

「そんな顔をするな、今は熾天使の光があの世界を包んでいる。」

知らないところで多くの人が苦しみ、嘆き、そして死んでいる。
そう思うだけで心が押し潰されそうで下を向くアンドラス。
その彼女の頭にそっと手を載せた彼は、今の話が既に過去のものである事を語る。

「え・・・熾天使?シャニーがヤアンさんの故郷を救ったというのですか?」

今は違うという事を知ってほっと胸を撫で下ろすアンドラスだが、
闇の世界を変えたのがもう一人の自分だと知ると、彼女は驚きに目をまん丸にした。
知らなかった。自分の大事な友達を、自分の仇が助けていたなんて。

「ま、そういうことになるな。あいつは約束を果たした、だから俺達もハデスを封じることに手を貸したんだ。」

最初はあんな人間風情に何が出来るものかと、ヤアンは臍を曲げて彼女を追い払った。
ところが彼女は人間としての生を投げ出してまでしてデルクレビスに光をもたらしたのだ。
彼女の戦い方に、ヤアンは己の拳を恥じ、一生封印することを誓ったのだった。

「あの時俺と共にあった者達で作ったのが今の組織。俺らは奴との約束を守り、侵略には一切手は貸していない。」
「え、じゃあサラセンを制圧したというのは?」

己の拳を封印したヤアンは、その拳を新たな拳として振るう決心をしてこの世界に訪れ、友を救うためハデスを打つ手助けをした。
彼女とヤアンが莫逆の友だと知り、アンドラスは複雑な表情をした。
なにより、彼が五賢陣としてサラセンを制圧したと言うのに侵略はしていないというのだ。

「あれは侵略ではない。俺達は正式にサラセンのギルド長に決闘を申し込み、そして勝利した。」

その延長、サラセンで振るった拳も、もはや暗殺拳ではない。
今もデルクレビスで生きる者達の希望となる為に、彼は生まれ変わった拳でリーダーの座を勝ち取ったのだ。
そしてそれは、自分達を受け入れてくれた世界を守る為の拳でもある。

「そんな・・・じゃあ私が彼女を攻撃する事は・・・ヤアンさんを敵にまわすことに・・・?」

もし自分なら、友達が命を狙われていたら真っ先に飛んでいくだろう。
ヤアンも自分にとっては大切な友だ。だが、命を賭してまで戦いを共にした間柄。
彼はきっと自分がシャニーへ刃を向ければ止めさせようと立ちはだかるに違いない。
恐ろしい、友と戦うことが恐ろしい。

「俺達は奴との約束がある。例えお前が手を貸してくれと言っても・・・分かったとは言えん。
 だが、俺はお前を守ると誓った。だから・・・俺に言えることはひとつだ。」

ヤアンにとっても、心が引き裂かれるような思いの日々が続いていた。
かたや背を任せあった理想を共にする友、かたや同じ悲しみを知り守ると誓った姫。
その二人が命を奪い合おうとする日々が早く終わることだけを彼は祈っていた。
何千年ぶりだろう、かつて裏切られたと罵り続けた神に祈ったのは。

「お前があいつを憎む理由も必要も、何もない。お前はお前だけの価値が既にいくらもあるのだからな。」

どうしてそこまで戦おうとするのか、分かってはいるつもりだった。
だが、もはやその理由は過去のもので、今の二人に争う理由なんて何もないはずだった。
彼から制止を促されて、アンドラスは力なく俯くと力なく漏らした。

「・・・彼女に理由を求めても仕方ない事は・・・分かっています。でも、お父様の意志であるなら、私は従うまでです。」

シャニーの身に起きたことはもう彼女も知っている。
最初は彼女に全てを奪われていると恐れたものだが、今ではその自分が恥ずかしい。
それでも、今も彼女と戦わねばならない立場に変わりはなかった。剣帝の娘として。

「・・・大分成長したようだな。だが、まだ足りん。お前がその力を扱うにはな。」

いろいろ見てどんどん成長していくアンドラスを見下ろして、ヤアンは微笑んで見せた。
だが、彼女にはこの戦いを止める為のキーマンとして動いてもらいたかった。
それが出来るだけの力を宿しているのだ、彼女は。

「いいか、心して聞け。お前が宿す力の半分は・・・シャニーと同じ光。
 だが元は同じでも、その意志によって力はいくらも形を変えるのだ。」

静かに頷くアンドラス。それはイスピザードからいつも教えられていること。
彼女自身もいつも気にかけるようにしていた。今振るおうとしている剣は、力は、民の為であるか。
それでも時々、抑えられない衝動に駆られるときがある。そんな自分を思い出し、俯き戒める。

「それを更に気をつけなければならないのは・・・もう半分の力、そう闇の力だ。
 そいつはかつて世界を滅ぼしかけた、そしてシャニーたちに封じられた悪神ハデスのもの。」

いつまでも隠しておくわけには行かなかった。
イスピザードは彼女がショックを受けることを心配して、闇の力としか伝えていないようだったが
今の彼女ならば、もう伝えても大丈夫・・・いや、伝えねばならないと思ったのだ。

「?!え、ええ?!そ、そんなっ、じ、じああ私は!?」
「うろたえるな、だから言っているだろう、意志の問題だと。」

教養の一環でハデスのことや2年前の戦争の事も知っている。
仰天の目を見開いた彼女は恐怖と絶望で思うように言葉が出てこず、全身が痙攣したように震えだす。
民を愛したい自分が、民を絶望させる力を今宿している・・・。にわかには信じられない、信じたくない話。
だが、確かに分かるのだ。自分のマナとはまるで違う、恐ろしいマナが体半分に絡み付いているのが。
今になって、マヴガフのあの不敵な笑みの意味が分かり、後悔ばかり湧き上がる。

「力は意思を持っていない、扱うものの意志によって形も輝きも変わる。
 手に入れてしまったのならば、その闇でどうやって人々を救えるか・・・それを考えるのはお前の力、そして使命だ。」

彼女の肩をがっしりとつかみ、その震える瞳を見下ろして強く勇気付けるヤアンは、
彼女に前を向くように強く諭す。後悔ではなく新たなる覚悟をその手に宿すように。
課せられた使命は重い。だが、これも自らの歩いた道だ。
彼女はヤアンの腕にそっと身を寄せながら静かに頷く。支えてくれる人がいればきっと立ち向かえる、そう信じて。



 その夜、アンドラスは寝る前に部屋で日報を作成していた。
この時間が一番苦痛である。勉強でもなく机に座っていると妙に眠気に襲われる。

「・・・。」

真っ暗な屋敷の庭に光る赤い目。明かりが見える窓を、木陰からじっと見つめる眼差しは
少しずつ警備の目をかいくぐって光の許へと近づいていく。

「ふっ、この恰好は闇に紛れるにはいささか都合が悪いな。」

ようやく窓から零れる薄光に照らし出されたのはヴァンだ。
黒騎士と呼ばれた男は、それまで着ていた黒の服を捨て、今反逆を示す白に全身を包んでいた。
まるで悪を照らすかのように光をよく映えさせる白は、闇の中ではどうにも目立つ。

「ふぅ・・・。よし、日報作成完了っと。はぁ、どうも机に座っているのは疲れるわ。」

大きく息を吐き出しながら本をパタンといい音を立てて閉じるアンドラス。
町の中を一日中歩き回るより、こうして机に座っているほうが精神的に来る。
ひとつ大きく伸びをして椅子に背を任せると、ぼんやりと天井を眺める。

「こういうときはレイのところにでも・・・はぁ、レイ大丈夫かしら・・・。」

最愛の人も、未だシャニーたちの許から帰ってきてはいない。
彼もまたフェアリーゼを倒す事に協力したのだと思うと、複雑な思いだった。
いずれ彼とも戦場で・・・最悪を振り払うように、彼女は魔道書を広げて勉強を始めた。

「ん・・・何かしら。」

その時である。ふいに外から何か音がしたような気がした。
気のせいかとも思ったが、やはり高い耳が聞き間違えるはずもなく
今度は窓に石が当たる音がはっきりと聞こえて、彼女は立ち上がり窓辺に向かう。

「アンドラス。」

窓を開けてきょろきょろと辺りを見渡してみる。
何もいないようで、きょとんとしながら首をかしげていると見えてくる夜空。
あまりにも美しい星空に白い歯を見せたときだった。ふいに下から呼ぶ親しき声。

「あ、兄上!兄上ではありませんか!」
「シッ、声が大きい!とりあえず降りて来い。」

まるで空の星が地上に落ちてきたのかと思うほどの白が闇の中から見上げている。
そこにいた人物に、彼女は思わず仰天して声を上げた。
すぐさまヴァンは口に指を当てて彼女を黙らせると手招きした。

「兄上、一体今までどこにいらっしゃったのですか!」

窓を開けっ放しにしたまま、慌てて駆け出すアンドラス。
父に見つからないようにガマンして廊下を静かに歩き、階段もそろりそろりとまるで盗賊のように音もなく降りていく。
そのまま外へ出た彼女は一直線にヴァンの元へ向かい、無事を確認すると胸を撫で下ろす間もなく問いだす。

「いつも通り、あちこちふらついていただけだが?」

心配をぶつけてくるアンドラスだが、ヴァンの答えはさっぱりしたもの。
相変わらずの彼の様子はほっとさせてくれるものがあるが、
それでもその答えだけでは彼の行動はまったく理解できず、思わず彼の手を取る。

「し、しかし!騎士団も脱退されたと聞きました。本当なのですか?!」

セインがヴァンのことで愚痴らなくなったからおかしいと思っていた。
それが最近、ヴァンが脱退届けをセインを通して出していたからだと知ったときアンドラスは愕然としたものだ。
いつになったら彼がまた会いに来てくれるか、楽しみにしていたのに。

「本当だ。あんなところ、騎士団とは呼べない。腰抜けばかりだ。」

別に隠すつもりはなかった。落ち着いたら、必ず彼女の許を訪れる予定だったのだ。
それが今。彼は腕組みをしながらさらりと事実を口にするだけ。
だが、アンドラスにはこのまま彼が傍からいなくなってしまう気がして恐ろしかった。

「だからと言って兄上までお辞めになってどうするのですか!
 兄上なら騎士団を立て直す力をお持ちではないですか!民の信望だって!」

しっかりと彼の手を掴み、引き寄せるようにして見上げる。
その瞳にはうっすらと涙さえ浮かんでいるような気がして、ヴァンは思わず視線を逸らした。
これだからなかなか来ることができなかったのだ。だが、だからこそ来たのだと己に言い聞かせる。

「俺はアスクを立て直す為に騎士団を抜けたのだ。勘違いされては困る。
 その前に、お前にだけは伝えておこうと思ってこうして訪れたのだ。」

理由も語らぬまま去れば、彼女は葛藤の中で悲しみ、苦しむことになる。
自分の意思と、そして彼女の意志をはっきりさせて別れようと思ったのだ。
歩む道は違えど、目指しているものは同じだと。

「え・・・どういうことですか?」

やはり、彼はどこか遠いところへ行ってしまおうとしている。
だがそれが、国のためと聞かされると掴む手に体重を乗せるわけには行かなかった。
それでも離しかけた手をしっかりと握りなおし、視線を逸らす彼の目を追う。

「これを見ろ。これが・・・何を意味しているか、お前は知っているはずだ。」

改めてヴァンは彼女に自分の服装をみせつける。
確かに何かおかしいとは思っていた。いつも黒い鎧を見につけているはずの彼がこんな真っ白など。
だが、彼の胸に禁忌の紋章が入っているのが目に入るや否や、彼女の瞳がこれでもかと見開いた。

「あ、兄上!どうしてそのような服装を!まさか・・・まさか!」
「そのまさか、だ。オレは世界のあるべきの為、現行のアスク政権を倒す。」

アスク政権の長の屋敷まで来てこんな事を言うことはなんと挑発的なのか。
いや、これも彼なりのアルトシャンへ投げかける警鐘なのかもしれない。
不朽不滅を目指すその足元に、すでに白の騎士団は奥深く入り込んでいる。
空を見上げて足元を見ないうちに、すでに真の闇はその白以上に侵食していると。

「そんな!民を見放すという事ですか!」

ところがアンドラスにとっては、これは背信としか映らなかった。
あれだけ毎日民のことを心配して見回っていた彼が、裏切りの白に身を包んでいる。
何とか思いとどまってもらおうと、彼女は必死に真意を問う。

「勘違いするなアンドラス。オレは民の為に今の政権を倒すと言っているのだ。
 その為に・・・オレの好きにして良いと約束があるから、オレはこの服に袖を通している。別に奴の理想に乗ったわけではない。」

目の前にある白がどうしてこんなにも心を引き裂こうとしてくるのか分からない。
混乱に涙を流す彼女は両手を強く引っ張ってくる。早く大好きな人が傍に戻ってきてくれるようにと。
だが彼はそれを拒んだ。一時の平和にしがみつくつもりはない。
あるべきへと民を導く、それが騎士の本分と知っているから。

「でも・・・私は・・・私は一体どうすればいいのですか?私は兄上に剣を向けるなんて、そんな事出来ません!」

いくら世界のためとはいえ、帝国を守る騎士として白の騎士団を許すわけには行かない。
例えあるべきを求めているとしても、民を戦渦に陥れるならそれは間違いなく悪だ。
それでも・・・大好きな人に剣を向けるなんて、そんな考えるだけで恐ろしい事を受け入れたくなどなかった。

「お前も甘い奴だ。お前は騎士だ、忠誠を誓ったものの為に剣を振るう、それだけではないのか?」

騎士道精神で言う情というのは、何も馴れ合いをさしているわけではない。
守るべき者を守り、互いの信条に対して精一杯の礼を尽くす。その生一杯こそが情。
敵を前に逃げ出し、守るべき者を放り出すのであればそれは騎士ではない。
彼はアンドラスを騎士と認めて、こうして事前に伝えに来たのだ。互いに精一杯を尽くす為に。

「では兄上はどうだというのですか。兄上は誰に忠誠を誓っているのですか!」

何が正しいのか分からなくなってきてしまった。
彼女は困惑で表情を歪めながら、目じりに涙を浮かべて問う。
女の涙はあまり得意ではないが、ヴァンは動じることなくはっきりとした口調で即答した。

「オレが忠誠を誓うのは・・・民だ。アルトシャンでなければカミユでもない。
 オレは民の為に槍を振るい、民の為に血を流す。邪魔するものは容赦しない。」

多くの騎士が仕えているのはルアス騎士団長、そしてルアス国王だろう。
だがヴァンは違うと常々思っていた。騎士とは主の心を聞き、守ることが使命。
ならば、心を聞き守る相手は民である。国を強くするのは貴族でも国王でもない、民なのだから。

「それは・・・たとえ私でも、ですか?」
「無論だ。お前がアルトシャンの配下として立ちはだかるなら、いつでも斬り捨てる。」

一縷の望みをかけて、アンドラスはヴァンに停戦を求めた。
だが、彼は躊躇う素振りもなく、彼女の目の前で騎士剣を抜いたではないか。
最後の望みも斬り捨てられて、彼女の瞳がまた潤み始める。

「だが・・・。」
「だが、何ですか!兄上!私は兄上と戦う意味が分かりません!」

がっくりと肩を落とした彼女をしばらく見下ろしていたヴァンがポツリと漏らした希望。
すぐにばっと顔を上げて涙を振り飛ばしながら、アンドラスは再度彼を引き止めにかかった。
それでも、動き出した運命のサルトレーンはもはや決して止めることはできない。
ただできることは、先々にあるポイントの切り替えをするか否かの選択だけ。

「何が言いたいか分かるか?己の生きる意味を、自分から見つけろ。いつまでもアルトシャンの操り人形ではいけない。」
「私が・・・父上の?そんなことは・・・。」

ヴァンには、アンドラスは未だに父の操る列車に乗り続けているようにしか見えなかった。
誰かが決めてくれる運命に従い、自ら選択をすることもなく、それを違和とも思わない。
それが許されるのは子供だけ。民を守る騎士にあってはならないもの。
このままでは彼女も、騎士の務めを全うしている“つもり”になっている腰抜け騎士団の一員のまま終わってしまう。

「民の為に何をすべきか・・・自分で考えて行動するんだ。己の存在価値は、己の行動で示せ。」

びくんと肩が震える言葉だった。存在価値を己に見出せないのは、自分で行動していないから・・・。
そんな事はないと言い返せないのは何故なのだろうか。どうして悔しい。

「もうお前には心の拠り所も守るべきものもたくさんある。
 それを守る為に、今自分がしなければならないことは何か、考えるんだ。」

敬愛する人に改めて、自分の意思で足を動かし前に進む事を教えられた。
彼女はしばらく俯いて考えに耽る。誰が為に、それはもうずっと前から決まっている。
そしてそのために歩んできたつもりだ。やはり今の自分の道に間違いはないと確信して、彼女は顔をあげた。

「私は民の為に剣を捧げています。それが父上の願でもあるから。だから父上に従っています。」
「もし、奴のいう民の為、がお前の考えているものとかけ離れた・・・それこそ正反対であったらどうする?」

こんな事を聞けば、以前のアンドラスなら顔を真っ赤にしたものだ。
まるでアルトシャンが神であるかのように、彼女はいつでも父の命こそ全てだった。
だが、今回の反応は少し違った。驚いたように目を見開いたが、視線を逸らしたのだ。

「それは・・・。もし、民の為にならないことを父上が考えておられるなら、話を聞きます。」

もしかしたら、彼女にも心当たりがあるのかもしれない。
その反応の変化に、ヴァンは彼には珍しくふっと笑って見せた。
やはり思ったとおりの人間だ。彼は俯くアンドラスの方に優しく手を置くと頷いてみせた。

「ふっ、以前のお前は、父上はそんな間違いをするはずがないの一点張りだったな。
 それでいい、自分で情報を集め、自分で判断し、自分の道を拓け。」

彼が今までアンドラスの傍で教えてきたものは武術ではない。
己で見て、己で考え、己で切り開くその心構え。武はそのうちのひとつに過ぎない。
みるみる成長する彼女。わざわざ危険を冒してこの場に来たことは間違いではなかったようだ。

「今はお前を信じ、剣を収めよう。だがもし、お前の言葉・・・民の為の剣と言うのが嘘だったと分かったその時は、容赦しない。」

彼女の肩からそっと手を離し、一歩退いたヴァン。
彼を追いかけるように寄って来ようとしたアンドラスの前で剣を一振りして阻んだヴァンは、そのまま剣を静かに鞘へと収める。
今はまだ戦うべきときではない、だが敵同士であることをしっかりと見せ付けるように。

「あ!兄上!待って!待ってください!」

避けなければ今の軌跡、間違いなく斬られていた。
蒼褪めながらヴァンを見上げていると、彼はさっと白きマントを翻したではないか。
まだまだ話したいことは一杯あるのに。思わず駆け出すアンドラス。

「次会うときは・・・戦場かもしれん。気が向けば稽古に付き合ってやる。いつもの場所でな。」

踏み出した足がビクッとすくんでそれ以上前へと伸ばせない。
背を向けたまま睥睨してきたヴァンの眼差しが何と恐ろしい事か。
触れただけで斬れてしまいそうな鋭い眼力にうっとして立ち止まる彼女に、ヴァンは今一度警告して去って行く。

「兄上・・・。くっ・・・何が正しいのか・・・分からなくなってきたわ。」

今まで仲間だと思っていた人たちが、皆自分の許から離れていく。
しかもそれが、今まで正しいと思ってきた帝国のやり方を否定して、だ。
本当に自分が歩む道が正しいのか・・・他の人たちの決意に、自分の決意が揺らぐ。

「自分で考えよ・・・か。分かりました、兄上・・・。」

だが、その迷いに答えを出してくれるものはいない。
いや、教えてもらった答えをそのまま信じ歩んではいけない。それをヴァンは伝えに来てくれたのだから。
彼女は闇に消えた覚悟の白を思い出し、はっきりとした眼差しで頷くのであった。
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