FC2ブログ
現在の閲覧者数:

スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←10話:邪蛇穿つ剣 →12話:僅かな綻び
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  • 【10話:邪蛇穿つ剣】へ
  • 【12話:僅かな綻び】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit

「ChaosTrigger~天神復活と破滅の魔道書~」
Chapter18 闇の騎士と光の天使

11話:盟友動く

 ←10話:邪蛇穿つ剣 →12話:僅かな綻び
「ボス!アスクのアルトシャン総統が来ているぞ!」
「なんだと?旦那が何のアポなしに来るとは、ふうむ。」

アルトシャンが馬車を急がせ向かった先は、同じサラセンにいるヤアンのところだった。
だが、普段必ず事前に連絡を入れてから来る彼がしのびで訪れた事に違和感を覚えるヤアン。
きっと何かあるに違いなく、彼はすぐに部下に命じてアルトシャンを招き入れる事にした。

「まぁいい。こんな日差しの中で立たせていたらぶっ倒れちまう。案内してやってくれ。」

今アルトシャンは、錬金術研究所の再建や白の騎士団、そしてシャニーたちと問題は山積みのはず。
こんな辺境に足を運んでいる時間など惜しいに決まっている。
合理主義の彼が来るとなれば、必ず何かある。
ヤアンはアルトシャンが来るのを待ちながら、町外れにある不気味な庵をテラスから睨んでいた。


「ヤアン、久しいな。」
「そうだな、旦那がこんな東の果てに来るなんて珍しいじゃねーか。」

部屋に入ってきたアルトシャンを一目見て、ヤアンは内心驚いていた。
以前までの絶対的な覇気がどこか柔らかくなっているような気がしたからだ。
悪く言えば、威圧感がなくなったというか。だが、入ってくるなり笑みを見せて握手を求めてくるなど初めてのこと。
どうにも表情を見るにかなり疲れているようだが、こんなに柔らかい物腰だっただろうか。

「軍務に追われてなかなか地方までは足を伸ばせんのだ。本当は地方までこうして出向き、民の声を聞かねばならんのだが。」

やりたいこと、やらなければならないことは山のようにある。
だが、一つこなすだけで既に日は高く昇り、次が決まりきらぬうちに斜陽は群青に染まってしまう。
時間が無い中、あまりにも遅い進捗に自身への苛立ちは隠せなかった。

「旦那だって人間なんだ。神様みたいにあれもこれもはできねーってことよ。」

第三者から見れば、アルトシャンの働きに文句をつけられるものは誰もない。
誰よりも国のために奔走し、寝食惜しんで戦っていることは自他共に求めるところ。
だが彼はいつも言う、結果が全てと。伴わなければ、努力など何の意味もない。

「人間・・・か。ふふ、そうだな、私は人間なんだろうな。」

いつもなら厳しい言葉が返ってくるはずなのだが、今日の彼はどこか違う。
突然に当たり前のことをふっと笑いながら口にするものだがらすぐに違和感を覚える。
怪訝そうに彼を見つめてみても、彼はどこか柔らかい表情をしておりやはり何かが違う。

「ああん?もうサラセンの熱波にやられたのか?おい、氷水を用意しろ!」

何だか逆上せたかのように、いつもの覇気がどこかへ飛んでしまっているアルトシャン。
やはりおかしいと感じたヤアンはすぐさま部下に声をかけるが、
そこまで来てようやく気付いたアルトシャンがすぐさま手をヤアンの部下へ向けて平常を伝える。

「いや、結構だ。この程度で倒れるほど貧弱では総統など務まらんよ。」

イスピザードもそうだが、いつも自分はそんな厳しい顔ばかりをしているということなのだろうか。
ちょっとでも笑えば何かあったかと聞かれるし、今だってそうだ。
そんなこと、人間なら当たり前なのに。
・・・それだけ、今までの自分が人間であって人間ではなかったということなのだろうか。

「何にしても、一人ですべてをこなすにはこの世界は広すぎるぜ。
 だから地方はギルド長がある程度の決定権を持ってたんじゃねーのか?」

この世界をひとりで動かす事が出来るものがいるとすれば、それは神だけだ。
人間ひとりではとてもすべてを理解するには広すぎる世界。
それを理解していたからこそ、昔の体制があった。アルトシャンはそれを否定し、自ら神の如くすべてを知ろうとしたのだ。
例えどんな猛者・賢者であろうとも、疲れ果ててしまう事は分かっていた。

「確かにその通りだ。だが、帝国としての世界のあるべきを追求しようとするとやり方を変える必要があった。
 全てが同じ方向を向き、同じ目標の為に同じ道を歩まなければならない。それが、進化を制御するということなのだ。」

今のままでは、人間は己の力を制御できずに世界は破滅する。
メント文明の二の舞を防ぐ為には、この方法しかなかった。気付いた者が、全てを管理し制御する。
一人が全てを知る事と同じように、全てが同じことを知る事もまた難しいことだからだ。
だからこそ、帝国として世界のために第一歩を踏み出したのである。

「その結果がこれか。少なくとも俺の周りでは旦那は、というか帝国はただの圧政者だぜ?」
「それはやむを得ぬ事だ。だが、世界の破綻を防ぐには誰かがやらねばなぬこと。」

だがアルトシャンの勇気ある一歩は、必ずしも良い結果を生んではいなかった。
帝国として世界を守ろうとする意志は穢れなきものかもしれないが、その意志をぶつけられた相手にとっては
今までの穏やかで平和な毎日を奪われた形となったことは明白なのだ。

「汚名を着ようとも、国のためなら厭わぬ覚悟ならとうの昔に出来ている。」

明日も来るであろう、なんでもない平和。それを奪われた者達の憎悪は知っている。
だが、テラスからサラセンの町並みを、そしてその先にある帝都を見据えるアルトシャンの目に陰りはなかった。
例え今憎まれようとも、未来にきっと理解してもらえると。

「へっ、すげえ愛国心だな。まるで国が我が子みたいじゃないか。国を脅かす全てに立ちはだかり、その剣で払い、導く・・・。」

ここまで言える、出来る、それは並大抵の覚悟では為しえない事。
それは覚悟を超えた愛情とさえ映り、ヤアンは感嘆を漏らすしかなかった。
彼がどうしてそんな道に進まざるを得なかったのか、その理由を知っているからこそ賛辞とは言え辛い。

「その表現もあながち間違っていないな。私は国を愛している、何者にも優先できた、我が命さえも。」

今まで若い頃からずっと、軍人一筋で生きてきた。
どうしたら国を良く出来るか、民の笑顔を守ることが出来るか。
どれだけ遅くなっても家に帰りたいなど思ったこともなかった。
家に帰ったところで、侍女しかいないのだから。生きている国のほうが、よっぽど向き合い甲斐があった。

「だが、今はそうも言えなくなってな。私には国以外にもアンドラスと言う守るべき存在が出来てしまった。」

帰ればそこにはいつでも、あの太陽のように眩しく、それでいて新月のような慎ましい笑顔がある。
今ではすぐにでも家に帰りたい、そんな風にさえ思えてしまう。
国ももちろん愛しているが、アンドラスが先に帰ると言いに来ると心が揺らぐのだ。

「へ、今の旦那はアンドラスを人質に取られたら剣を棄てるかもしれねーな。」

彼が娘の事を非常に大事にしており、親バカとさえ揶揄されていることは地方まで知れている。
だが、直に会ってここまで人が変わったアルトシャンを見ると驚きを隠せない。
人はここまで変われるものだろうか。

「アルトシャンの旦那よ、かつて旦那は最強だった。剣帝として全てを帝国の前に跪かせる最強の男だった。
 それは自身を阻む枷が何もなかったからだ。自身さえも愛せない旦那には国を愛するしかなかったからな。」

アルトシャンと付き合いが始まってから3年弱くらいだが、その僅かな間でも分かる。
彼がどれだけ国を愛し、繁栄を永遠とするために粉骨砕身しているかは。
だが同時に、彼には目的の為に手段を選ばなかった。鬼となって阻む者全てを打ち砕く策で突き進んできた男。
それは、彼にとって弱点となるものが何もなかったからだ。全てを棄てたからこそ、執れる道。

「私はこの血を憎むしかできなかった。この血のせいで、愛する片翼を・・・孕んだ子を・・・この手で・・・くっ。」

アルトシャンとて、元から女性を愛せない性格ではなかった。
世間では事実を権力でもみ消して、暗殺されたと公表したかつて永遠を約束した相手。
だが実際は・・・。ハデスの血を未来に残すわけには行かない。苦渋の決断だった。

「全てが完璧だった。全てを国の為に注ぎ、全てを世界のあるべきの為に捧げる旦那は完璧だった。
 だけどよ・・・さっぱり憧れなかったぜ。なんでだろーな、気味が悪ぃっていうか。」

まだ修羅として生きていた頃出会った二人。シャニーを信じマイソシアに現れたヤアンは
かつてアスクを守るために騎士団を従えていたアルトシャンと意気投合し、今も彼の右腕として支えている。
だが、この2年、アルトシャンの豹変に違和感を覚えていた。完璧最強・・・だが、そこには温もりは何もなかった。

「何をすれば民を動かせ、どのように駒を動かせば勝利を確信できて・・・。
 全てを我が物としていたかもしれん。そういう意味では完璧だったのかもな。」

あの時は何も疑うことはなかった。国の為に邁進する事こそ、己の生きる道、と。
だが今、歩んできた来た道を振り返ってみると、どうにもどこか虚しさがあった。
あのころは軍人として順風満帆だった。苦境に立たされた今だが、それでもあの頃に戻りたいとは思えない。

「しかし私は何も知らなかった。愛する者を抱きしめる喜びも、それを見守り身を粉にする苦しみも、成長を見つめる嬉しさも。
 アンドラスは私にそれらを教えてくれたのだ。彼女が生まれてから、私の人生は別人のようだったよ。」

愛しい娘の笑顔を思い浮かべるだけで、アルトシャンの顔は柔らかく微笑んだ。
こんな顔、今まで付き合ってきた中で見せた事もないもの。まるで、悪い気から解かれたかのような
どこにでもいる娘を思う優しい父の顔がそこにはある。

「ああ、まさに別だったのかもな。姫と一緒にいる時の旦那は父親だった。その時の旦那の顔は、俺も好きだぜ。」

だが、ヤアンは確信していた。この顔こそがアルトシャンの本当の顔。
国も、娘も、この顔で見つめていたらきっといい方向へ向かうはず。
それを信じて止まない彼だが、その悦びとは裏腹に、その表情は厳しいものへと変わっていく。

「だが・・・今旦那は致命的な弱点ができた。アンドラスが生きている限り、旦那はもう完璧ではない。」

今もし、アンドラスに何かあれば、アルトシャンは立ち上がれなくなる。
それだけではない、もしアンドラスを人質にとられ国と天秤にかけられたら、彼はどうなってしまうだろう。
絶対無敵のアルトシャンはもういない。闇は着々と侵食しつつある。

「・・・完璧か。ふ、そんなものはもはや問題ではない。完璧ではなくなった代わりに、私は人間になったのだよ。」
「人間・・・ね。はは、こりゃ返す言葉がねえな。確かに何も恐れず、何も感じず、国の為にひたすら剣を振るう・・・魔人だったのかもな。」

ハデスの血、確かにアルトシャンはその悪しき血に侵されてはいない。
だが、血によって全てを失った彼は人間であることをやめてしまっていた。
だからこそ、民を守るといいつつ人間の心を見ず、鬼として様々強引とも言えるやり方を押し通してきた。
あの頃の眼光は今も忘れられない。目を剥き、牙光り・・・まさに魔人であった。
だが今の彼はどうだろうか。本当に、同じ人物とは思えないほどに、どこか優しさが滲んでいる。

「少し前までは確かに恐れるものなどなかった。今も敵を前に恐怖などない。だが・・・ひとつだけ酷く恐ろしく感じる事がある。」
「へえ、旦那でも怖いもんがあるのかよ。どんな化け物か聞いてみたいな。」

本人の気構えが違うだけでここまで人間というのは変われるものなのだろうか。
昔のアルトシャンより強い想いをヤアンは感じていたが、最強と謳われたアルトシャンが怖いという言葉を使うとどうにもしっくりこない。
思わず笑ってしまうヤアンだが、アルトシャンの面持ちは神妙で、唇を噛むと重い言葉を漏らす。

「私はアンドラスを残して死ぬ事が怖い。」
「!旦那・・・。」

まさかここまで決定的な言葉を彼が漏らすとは思ってもいなかった。
最強と謳われた男だ。それが自身の弱点をここまで鮮明に口にするとは。
彼のあまりの変貌に、ヤアンもさすがに言葉を失った。

「彼女は私とは血の繋がりもないし、民は彼女のことをとても愛してくれている。万が一私が戦死しようとも彼女は生きていける。」

最初はどうやって育てていこうか、心の底から悩んだものだ。
だが、彼女は自らの足で歩み、自らの目で見て、耳で聞き、己で未来を切り開いている。
最近では民の信望も厚く、それに応えようと毎日輝いている。
もう、彼女のことで心配することは何も無い・・・はずだった。

「・・・そう思っていた。だが!マヴガフのせいでそれも泡沫の夢と消えたのだ!」
「ど、どういうことなんだ、旦那。あのヤロウ、アンドラスになにかしやがったのか!」

どうにも何か隠していると思っていたが、アルトシャンが爆発させた怒りは尋常ではない。
普段冷静冷徹な彼がここまでの怒りを吹き上がらせる相手、その名前があの忌々しい男だと分かって、
ヤアンも額の血管を浮かび上がらせながらアルトシャンの肩を思わず掴んでしまった。

「ハデスとの血の盟約を交わさせたのだ!このままではあの子は私と同じ道を歩んでしまう!」

子を残さず、いつ暗殺されてもおかしくない強引な道を突き進んできたのは、
自身に流れる血が、何れ消えなくてはならない運命だと知り、覚悟を決めてきたからだ。
死ぬ前に、志を果たす為に。その意志を継いでくれる穏やかな光。
闇を必死にもがいてきた中、ようやく現れた天使さえも、邪蛇が喰らいつき毒を流し込んだたのである。

「な、なんだと?!あのヤロウ、生かしておけねえ!」
「待て!」

驚愕の事実を聞かされたヤアンが黙っていられるはずはなかった。
今その悪の根源がこのサラセンにいるのだ。また姿をくらます前に、息の根を止めなければ。
拳を握り締めて飛び出そうとする彼だが、今度はアルトシャンに肩を掴まれた。

「下手に奴を刺激してはならぬ。今アンドラスの命を握っているのは奴なのだ。そうでなければとうに私が始末している!」

愛する者を傷つけられて、一番にマヴガフに一矢報いたいのはアルトシャンに違いなかった。
それでも、愛するが故に今は感情をぐっと堪えるしかできない。
悔しさをかみ殺すように絞り出されるアルトシャンの声が痛々しい。

「完璧ではなくなった人間の弱みを早速握りやがるとは・・・くそったれ、いけすかねえヤロウだ!」

敵わぬ相手に涙を流す最強の男を見つめ、愕然とするしかないヤアン。
どれだけ相手が蛇のようにひょろい男で、こちらが拳に、剣に、武に長けた者であろうとも、
完全にこの戦いの支配権を握っているのはあの男。不安と苛立ちばかりが募り拳が鳴る。

「先ほどお前は、アンドラスが人質に取られたら私は身動きが取れぬだろうと言ったな。
 ・・・今まさにその状態だ。私は彼らの存在を許すだけでアスクの歴史に一切残すつもりはなかった。」

ウッとヤアンの顔が歪む。まさか冗談で言ったことだったのに。
神の啓示を受け、アスクの未来の為にネクロ教と手を組むことにした。
だが今どうだ。そのネクロ教によってアスクの未来が少しずつ、少しずつ蝕まれている。

「その後は言わずとも分かるぜ、今じゃあいつら錬金術やなんやらを口実にアスクにのさばってるらしいじゃねえか。」

何も言えず、頷くしかできないアルトシャンの姿が全てを物語っている。
アスクのために、汚名を着ようとも、臣民の命を犠牲にしようとも、
全ての罪を総統の自らが被り、未来の為に、帝国の為にと邁進してきたのに、それなのに。

「これ以上は許しておけぬ。だが、今アンドラスの命をマヴガフに握られている以上、下手な行動も慎まねばならぬ。」

それは、ヤアンへの警告であると同時に自分への戒めでもあった。
どれだけマヴガフが憎かろうとも、今彼を刺激すればアンドラスの命がない。
何とか彼女を救う手立てを探す事こそが、今求められる最重要事項だった。

「くそっ、どうして旦那はあんな連中の存在を許したんだ。ぶっ殺しちまえば良かったじゃねーかよ。」

思わず口汚くなるヤアンだが、彼は口にしてからばつ悪そうに口元を歪めた。
過ぎてしまった事を今更、そもそも論を出したところで何になるというのだろうか。
だが、それはずっと疑問に思っていたこと。ネクロ教の復活など、誰が考えても反対しそうなのに。

「私が目指すべきは世界のあるべき姿。いつまでも闇を光で覆い隠す姑息な平和からの脱却だったからだ。」

闇と分かっていてその存在を許し、悪と知りつつ手を組んだ。全ては、世界の為に。
どこまでもアルトシャンの考えていることは一貫性があり、それはまっすぐ過ぎて逆に全てが見えなかった。
だがまた一つ繋がった。彼もシャニーも、本質は何も変わらない。世界を愛する理想論者。
いや、二人とも理想をその手に掴もうと矛盾と戦う、現実論者なのかもしれない。

「私はヤツの理想に共感した。そして裏で様々な画策を教団として展開してくれたおかげでスムーズに事が進んだのだ。
 ピルゲンの失脚も、マヴガフが連れて来たフェアリーゼによる企てだ、それ一つとっても分かるだろう。」

帝国の転覆を企てたあのクーデター事件の発端が、まさか仕掛けられた罠だったとは。
ヤアンでも知らなかった裏事情、それが今さらっとまるで風のように二人の間を拭き吹け、
固唾を呑んで当時の状況を思い出すヤアン。全てが・・・仕組まれたものだったとは。

「私は奴を信用しすぎていたのかもしれん。そして奴はある預言を私に下したのだ。
 このままでは神界の光が憎悪を押し潰し、逃げ場を失った憎悪が膨らんでハデス神を復活させるとな。」

ハデスとは、2年前の戦争で一度対峙している。
あんな恐ろしい悪神など、人間ではとても太刀打ちできるものではない事を知っている。
それを復活させる光、それを何として滅ぼさねば帝国に未来はない。迷いはなかった。

「それでシャニーを狙おうって事なのか。だけど、シャニーを殺しちまえばそれこそハデスの力を強める事になるぜ。」

ハデスを封印している光こそが、シャニーが受け継いだ熾天使が司る希望の力。
人間達が彼女に振りまかれた光で夢を抱き、希望を生み出すことでハデス封印の結界はますます力を増す。
だが、熾天使がいなくなればその結界の力が弱まることは明らかで、
ハデスが這い上がってきたとき、人間の守護者がいなくなることになる。
彼女の扱う光の弓矢でしか、ハデスは倒せないのだから。

「ハデスの血は・・・私の意志でいつでも潰えさせる事が出来るからな。」
「!旦那、まさかそこまで考えていたのかよ。」

渋い表情でヤアンを見上げるアルトシャン。その疲れきった眼差しが語った言葉に驚愕するヤアン。
いくら悪神といえど、封印された魂だけの状態ではより代がなければ身動きできないことは分かっていた。
依り代には、自身の血が、マナが流れるものでなければすぐさま朽ち果ててしまう。
そうなればより代の候補は自分しかいない。もしそうなったときは命を断つ・・・その覚悟はできていた。

「無論だ、だからこそ私は全てを恐れずに駆け抜けてこられたのだ。・・・どの道、世界は神に帰すのだからな。」

全てを棄て、己さえ顧みる事を許されず、何者も恐れることなく突き進んだ。
いずれ全権を掌握したその暁には、人間の代表、総統として神にマイソシアを奉還するつもりだった。
その時、ハデスの血が流れていると知れば、神は生かしておくことを許しはしないだろう。
死ぬ時期が前後するだけの話。だからこそ、志を果たすべく邁進してきた。

「人間が支配するにはこの世界はあまりにも広すぎる。創造の光も、破滅の闇も、人間が扱える力ではない。」
「・・・確かにひとりで扱うにはこの世界は広すぎるかも知れねえ。だけどよ、旦那、この世界には溢れるほど人間がいるじゃねーか。
 何も一人で全てを抱え込まなくても良いんじゃないのか?あんたの血がどんな血統であろうと、旦那は旦那じゃねーのか?」

あまりにも思いつめたアルトシャンの考えは、聞けば聞くほど心が締め付けられた。
世界にとっての邪悪として自らの存在を否定し、それでも世界を愛して全ての罪を被り、
その犠牲を以って未来へと世界を推し進めようとする。その姿は立派だが、身勝手な気もしてくる。
これが・・・指導者のすることなのか。ここまで民の声を集めた男だ。これからも生きて世界を変えていかねばならないはずなのに。

「ヤアン、すまないな、こんな事を言いにきたわけではないのだが。だがしかし、ヤアンよ、私は私だからこそ、この道を選んだのだ。」

それでも、アルトシャンの意志は固く、全てが国を中心にして語られていた。
己という存在は話の中では一切語られることはなく、彼が描く未来に、彼自身の存在はない。
もし新たな階を上ったとしても、残された者達を一体誰が導くというのだろうか。

「私はこれから先もアスク帝国総統として国を指揮しあるべきを目指す。
 だからヤアン、お前にはアンドラスを守って欲しいのだ。あの子は何も罪はない、ハデスの道具になどされて欲しくないのだ。」

その答えは、アルトシャンの中では既に出ていた。導くべきは人ではない。
不完全なものが導いたところで、必ずどこかから綻びが出る。不完全な理想は、どこか歪みを生む。
彼は世界を神に帰すことで、人間を直接神に導いてもらおうとしていたのである。
その為に、今は悪と戦わねばならず、愛する娘の傍にはいてやることはできなかった。

「分かったぜ、そういう事なら俺も動こう。だが、前も言ったが俺はシャニーに手を出すつもりはねえ。」
「好きにせよ、だが、これ以上民を悲しませるような選択肢だけは慎んでくれ。」

最初は、自分にシャニー討伐の協力の要請をしにきたのかと思って身構えていたが
アルトシャンが頼んできたことは、父親として胸が引き裂かれそうな苦渋の選択の末のもがきだった。
彼の言葉からヤアンは悟る。地方に侵略までして世界を支配しようとした作戦が間違いだった事。
それをアルトシャン自身も既に気付いている事を。作戦内容までは指示せずとも、その言葉からひしと伝わってきた。

「俺はいたずらにシャニーを攻撃することのほうが結果民を悲しませる事になると思うがな、ハデスのことを考えても。」
「だから好きにせよと言っている。ただ、私は己が信じるあるべきを追求し続けるだけだ。その為にアンドラスは・・・枷なのだよ。」

間違いない、確信するヤアン。だが彼は、もう既に引き返すことができないところまで飲み込まれてしまっている。
完璧最強だったからこそ突き進む事ができた道。だが人間として蘇った今となっては
もはやアルトシャンにとって退くことも、振り返ることさえ叶わぬ状態だった。
自分が歩みを止め、振り返るようなことをすれば、娘の首に刃が振り下ろされる。
それを思い浮かべるだけでもう頭は真っ白になり、彼は操り人形の如くひきずられるように部屋を去っていった。

「旦那・・・。くそったれ、マヴガフをどうにかするしかねーっていうことか・・・。」

屋敷の窓から、小さくなっていく馬車を見つめるヤアンは拳を握り締めていた。
どうすることもできない歯がゆさ。道を誤ったとはいえ、アルトシャンは世界の為に戦っている。
ようやく愛を知り、本当のあるべきへ歩き出せるようになった彼をこのままにはしておけない。
ヤアンの視線は、自然とあの忌々しい漆黒の庵へと向けられていた。
関連記事
スポンサーサイト



総もくじ 3kaku_s_L.png 当サイトの小説における登場人物たちのご紹介
総もくじ  3kaku_s_L.png 当サイトの小説における登場人物たちのご紹介
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  • 【10話:邪蛇穿つ剣】へ
  • 【12話:僅かな綻び】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【10話:邪蛇穿つ剣】へ
  • 【12話:僅かな綻び】へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。