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「ChaosTrigger~天神復活と破滅の魔道書~」
Chapter20 進撃のアブソリッター

12話:剣を失った帝 後編

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「お父様・・・賛同してくれるかしら。いえ、きっとしてもらなければ・・・。」

団長室の前まで戻ってきたアンドラスは、どうやって切り出そうかストーリーを膨らませていた。
自分がシャニーの前に出ていくと言えば、まず父は反対するに決まっているからだ。

「絶対にならぬ!守れぬなら容赦せぬぞ!」

ストーリーも練り終わり、これなら父も納得してくれるはずとドアノブに手をかけたその瞬間だ。
まるで先を越したかのように拒絶を叫ぶ父の声がわっと扉を貫通してきて思わず吹っ飛ばされそうになる。

「どうしたのかしら。お父様があんなに声を荒げられるなんて。」

中の様子を見たい気持ちがいっぱいだが、中から滲み出てくるのは張りつめた重くピリピリした雰囲気。
とても入れる状況ではないことを伝えてきて、アンドラスは気づかれぬようそっと隙間だけ確保して中を覗く。

「娘に手を出すことは何があっても許さぬ!あの子は何も罪はないのだ!」

又しても父の怒鳴り声が飛んできて思わず目を瞑りたくなる。怒鳴っている先に視線を向けてみる。
ダークスーツに身を包んだ青髪の男。一発でマヴガフだと分かる。

「アナタの意志なんて関係ありませんよっと、前も私言ったと思うんですがネェ。」

父に怒鳴られても飄々とした態度のまま、両手を広げて小ばかにして舐めまわすような声。
何やら大変なことがこの部屋の中で話されていることだけが分る。おまけに、自分の事で。

「どうしてこう人間はすぐ忘れてしまうんでしょうかねェ。それとも・・・ただ真実を認めたくないだけですか?
 嘘を矛盾で隠し続けてきた帝国の総統サマには、少々キツかったですかネェ~?」

もうここまで追い詰めたマヴガフの言葉には、今までのような柔和さはなかった。
穏やかな高めの声が紡ぐ絶望を前に、アルトシャンはただ睨み返すことしかできずにいる。
(何かしら・・・私の話になっているみたいだけど・・・。)ごくりと息を飲んで行く末を見守るアンドラス。
だが、マヴガフはあのマナが近づいてきて後ろ目でその存在を確かめると、口元を吊り上げて聞こえるようにわざと声を大きくした。

「血の盟約を交わした時点で、彼女は生まれ変わったんですよ。真実を刀身に映し、全ての嘘をなぎ払う剣にネ!」

叩きつけられた絶望に、アルトシャンの口元が牙をむき出しにするが
怒りをぶつけられても、まるで心地よいかのように釣り上がる口角。黄金の蛇眼が不敵に見下ろしてくる。
「くっ・・・貴様は最初からこうなる事を知っていて娘を・・・!」全てが筋書き通りだったということなのか。
アンドラスが生まれたことそのものから始まり、そして彼女がハデスの血を身に流す事まで。
何もかもがこの男の手のひらの上で生まれ、操られてきたというのか。

「もう少し話が出来る人だと思っていたんですがね。これで驚かれては・・・どうしましょうかね。」

今更絶望して見せるアルトシャンに、マヴガフは帽子に手をやりながら面倒くさそうに口をへの字に曲げた。

「私らの行動の全て、その源はハデス神の復活、それ以外に興味なんてありませんよ。」

神が復活すれば理はあらゆるが引きなおされるというのに、
その目的以外にどうして下等生物と協力する必要があるというのか。ちょっと考えれば分かる事だろうに。

(な、なんてこと?!私がハデスに・・・?私が?私が・・・民を闇に?!)

ひとりパニックに陥っていたのは盗み聞きをしていたアンドラスであった。
父がマヴガフに何も言い返してくれない。自身の胸に手を当てて、ますます目が見開く。
ハデスとの契約をしてしまった事実だけが、頭の中で何度も彼女を責め立ててくる。

「創造の錬金術、そして熾天使の活性のマナ、それらがあればハデス神の世は未来に実現します。」

彼女の絶望はマヴガフには波打つマナとして押し寄せて、彼はさも愉快そうに口元を蛇の如く釣り上げていく。
楽しいではないか、もうすぐ最高のショーを見ることが出来るのである。
彼らの絶望は、その前に呑む美酒とでも言えばよいだろうか。感極まり両手を広げ叫ぶ。

「遠くないうち・・・いや目の前に!」
「そんな事は断じて許さぬ。私は言ったはずだ、たとえ私が粛清されようとも、国のためならば悔いはないと。」

動き出した運命に真っ向から抗おうとする身の程知らずが精一杯睨みを利かせてきた。
まだ分かってないと見える剣帝サマに、マヴガフは指を振りながら舌打して見せた。

「すでに運命の扉は開かれたんですよ。いくら剣帝サマといえど、それを変えることは不可能ってワケですよ!」

夜の城に悪魔の狂喜が平和を裂き割るように響き渡り、静寂はガラスの如く砕け散る。
人間如きが神の意志に刃向かおうなど、身の程知らずもいいところ。
神の道具として生み出された人形共は、大人しく従って置けば良いのだ。― 俺様の言う事に。

「そんなことはない!私は命を賭して娘を守ってみせる!」
「アナタにはムリです。人間であることを恨む事ですね、精々足掻いてみせなさいよ、剣帝サマ?ヒャハハハ!」

言いたいことを散々撒き散らすと、絶望を植えつける狂喜を残して去っていくマヴガフ。
去り際に部屋の外で固まるアンドラスを見つけるが、彼女はあまりのショックに震えるだけでこちらを見ようとはしなかった。
蛇眼を光らせながら不敵な笑みを彼女に浴びせかけ、彼はそのまま闇へと消えていった。

黒き男がいなくなると、アルトシャンはまるで力尽きたかのようにその場に膝を突き崩れ落ちた。
悔いても悔いきれない絶望に打ちのめされ、どれだけその時間を過ごしただろうか。

「・・・お父様・・・。」
「アンドラス?!」

まるで雪のように解けてしまいそうなか細い声が部屋の中に入ってきて、顔をあげた彼は目が飛び出しそうになった。
「まさかお前は今の話を聞いていたのか!」潤んだ目を真っ赤にして心細そうに手を口元に添えるアンドラスの姿があったのだ。
あの男は・・・彼女がいることを知りながらあんな事を口にし、狂喜を叫んだというのか・・・。

「ええ・・・。一つ聞かせてください、何故お父様が粛清の対象になるのですか。」

だが、むしろアンドラスのほうがこの場では冷静なのかもしれない。
そのまま父に泣きつくことはせず、静かに開かれた口が求めてきたのは真実だった。
しばらくじっと娘の顔を見上げていたアルトシャンだったが、もう来るところまで来てしまった。
これ以上隠していても意味はなく、彼女のこれからを考えて、ついに意を決し告白することにした。

「気を落ち着けて聞くのだ。私の体には・・・ハデスの血が流れている。」
「?!」

一瞬、いや今でも頭が信じられない、受け入れられないと言って耳が伝えた言葉を拒絶している。
表情を失う娘を見上げ、アルトシャンはぎりぎりとじゅうたんを握り締めた。

「お父様・・・今なんと・・・仰ったのですか?」

やはり信じられない。聞き返してくる彼女の声から、聞き間違いであって欲しいというか細い祈りが聞えてくるようだ。
だが、アルトシャンは顔をあげるとまっすぐに娘の瞳を見つめて改めて伝えた。
「私はハデスの血族だ。」絶句するアンドラス。嘘だといって欲しい、零れ落ちる涙が叫ぶ。

「だが、私は暗黒神としてこの世界に君臨しようとしたわけではない。
 私に流れるハデスの血、それはハデスの化身でありながら人間を守ろうと戦った預言者ロダシャナキの血なのだ。」

血は確かに世界を破滅へと導く破壊と腐敗を司る神、ハデスのものかもしれない。
だが、血が全てを決するとは限らないことを、既に何千年も前の英雄が示している。

「ロダシャナキ・・・アビトレイトのひとりとして伝承に残る預言者ですね。」
「そうだ。」

さまざまを猛勉強したおかげで、アンドラスも名前は知っていた。
ロダシャナキは熾天使と共にアビトレイトとして世界の均衡を守ろうと最期まで彼女の傍にいたアビトレイト。
光であろうと闇であろうと、その血が人間を愛し世界を守ろうとした事実が、少しだけアンドラスを勇気付けた。

「だが、やはりハデスの血、私は子を残せなかった。一生を約束していた女性がいたにもかかわらず・・・。」

己の意志と、他人の目というものは違うもの。何せ、意志と言うものは目には見えない。
他人は目に見えるものから先に判断する。そこで烙印を押されれば、もう意志などいくらも曲解されてしまうのである。
アルトシャンも、そんな恐怖に負けたひとりだった。忌まわしく過去を口にして再び俯く。

「その女の方はどうされたのですか?ご一緒にならなかったのですか?」

父に結婚を約束した女性がいたなんて、今初めて聞いた話だ。聞いてからしまったと思う。
今も父が独り身を貫いていることからしても、一緒にならなかったことは分かるではないか。
だが、その問いは彼女へとんでもない答えとして返ってくることになる。

「彼女とは婚約し、妊っていた。だが・・・そこにマヴガフが現れたのだ。奴は私に言った、ハデスの貴公子と。」

突然現れた漆黒の男は、帽子の下からぎらつく黄金の蛇眼で締め上げるように見つめてきながら、
黒の魔道書を手に嘗め回すような口調で宣告してきたのだ。ハデスの血を、この魔道書が呼んでいると。
その日から全てが変わってしまった。人間として生きてきたアルトシャンは、この瞬間死んだとも言えるのかもしれない。

「全てを知って私は絶望した。ハデスの血を消し去る為に・・・片翼と・・・最愛の子を・・・・!」

今でも残る感触に、彼は掌を見下ろして声を振るわせた。
途切れた言葉の後ろにあるものを察したアンドラスは口を手で覆い、声にならない悲鳴をあげていた。

「な、なんてこと・・・。どうしてそんな酷い運命がお父様を責めるのですか・・・あんまりです。」

血によって本人の意志ではどうにもならないところから絶望が降ってくる。
アルトシャンの身に起きた悲劇に、アンドラスは涙して父の手を取る。
娘の手は何と温かいのだろうか。凍り付いた心が少しずつ溶けていく。

「私は誰も愛することが出来なくなった。一時は自決しようとまで考えた。この血を完全に消し去る為に。」

ダメ、そう言おうとでもいうのか娘が身を乗り出してきたことがわかる。
彼女にまでいらぬ悲しみを広げるつもりはなかったアルトシャンは、娘の手を握り返す。

「だが、私は誓ったのだ。先祖のロダシャナキと同じように、ハデスの血を宿そうとも人間のあるべきの為に尽くそうと。」

父の力強い言葉と握ってくれた手に安心したのか、
アンドラスの表情から少しだけこわばりが消えて、彼女は静かに頷いてきた。
やっぱり父が世界で一番の父。

「それから私は寝る間も惜しんで軍務を全うした。完璧無欠の剣帝とさえ呼ばれてな・・・。」

多くの歓声と名誉が惜しみなく降り注ぐ道を歩む彼に、誰も非難などしなかった。
それほどに、アルトシャンは他の誰よりも国に尽くしていると自他ともに認めていたのである。
だが、今本人の顔は苦虫を噛み潰したかのように歪んでいた。

「あのころは賞賛かと思ったが、今思えば・・・侮蔑だったのかもしれないな。」

「そんなことはありません!」どうしてそんなことを言うのかと、驚きと怒りさえも含んだ娘の声。
皆父のことを尊敬しているというのに、それ侮蔑だなんてあんまりだ。

「お父様はいつでも民のことをお考えになり!誰よりも世界を愛しています!」

彼が言わないなら、自分が言うだけの事。
アンドラスは誰よりアルトシャンを知っている自信があった。彼の娘なのだから。

「どうかな・・・そう、私は完璧だった。だが、一つだけ欠けていた。人間として致命的な欠陥だった。」

それでも、父の眼差しにはいつものような覇気も威厳も抜けきって、疲れ果てた人の顔が滲んでいる。
彼はそっと娘の顔を見つめると、「何だと思う?」とやつれた笑みを向けて来た。
父に欠けているものなんて・・・視線を逸らしてあれこれ考えるアンドラスの頭を撫でながら答えを口にする。

「愛だよ。私は誰も愛せず心が乾いていた。愛する事は叶わないと諦めてな。だが、そこに生まれたのがお前だ。」

― お前は人を愛せない。ヴァンに言われた言葉は今でも胸に突き刺さっている。
でも、確かに剣帝であったころはそうだったかもしれないが、今は違うと断言できた。
今は世界の何よりも愛したい大切な存在が、そう目の前にいるのだから。

「私ですか?マヴガフ様は私は錬金術研究の一環として生まれた実験体だとおっしゃっていました。」

実験体、最初にそう言われていたからこそ、自分が人間としてこの世界で生きていけないとアイデンティティに苦しんだ。
今でも表向きは姫として生きているが、烙印を自ら消せたわけではない。だが、父はそれを否定してくれた。

「いや・・・私が望んだのだよ、娘が欲しくてな。
 そしてお前は私のことを誰よりも深く愛してくれた。愛することを教えてくれたのだ。」
「だって、お父様はお優しい方です。厳しく、でもお優しく、私の誰よりも尊敬できる人です。」

錬金術のため、神界の力を手に入れるため・・・確かに色々思惑はあった。
だが、最も強い感情は寂しさからの渇望だった。殺めてしまった腹の中の子供も娘だった。
家族が欲しい、そう願っていた彼は、生まれた命に精一杯愛を注ごうと誓ったが、最初はどうすればいいか分からなかった。
だからこそ教育をイスピザードに任せたのであった。情けない事だが、イスピザードはよくやってくれたおかげで今の娘がある。
見よ、透き通った瞳を、明朗な受け答えを。自慢の娘だった。

「お前だけだよ。そうやって心から言ってくれるのは。誰もが、私がハデスの血を宿すと知れば殺意を向けるだろう。」

アンドラスのまっすぐで純粋な愛に包まれて、ふっとアルトシャンは笑って見せた。
今までずっと、心のどこかで震えていた。いつ、皆が真実を知り、この上辺の名誉が殺意へと変わるかと。
どこかで、他人を信用できなかった。だからこそますます自身が無欠となり全て解決しようとしてしまい、
他人を愛することが出来なくなり・・・悪循環だった。

「そんなこと・・・言わないでください。そんな、みんなお父様のことを慕っているのですから。」

だが、アンドラスは父の手をしっかりと握り締めると、何度も首を横に振ってみせた。
父を慕う皆の心は決して上辺だけのものではない。国に尽くす父の姿を誰もが尊敬していることは誰よりも知っているし、
そのことがとても誇りに思えることだった。私たちを信じて欲しい、蒼の瞳がそう訴えかける。

「・・・私のために涙を流してくれる人間など・・・どれほどぶりだろうな。」

娘の顔へ手を伸ばし、頬に伝わるものをそっと指先で拭ってやる。温かい、これが愛なのだろうか。
規律と大義名分の中で生きてきた男にとって、それは何にも代えがたい宝石に見えた。

「案ずるな、私は諦めたりはせぬ。暗黒神にこの世を預けるなどせん。
 私は最後まで戦って見せよう。国の為に戦い、倒れる事に何も恐怖はない。」

家族がいなかったら、崩れ落ちたままきっと朝まで動く事が出来ずにいたに違いない。
だが何故だろう、絶望してもそれでも立ち上がろうと思えるのは、間違いなくアンドラスがいるからだ。
愛することが持つ不思議な力に、彼自身も信じられなかったがその決意は力強い。

「私だって同じ覚悟です!私もお父様をお守りしますからそんな事を仰らないでください!」

だが、アンドラスは父に涙を振り飛ばしながら必死に叫んできた。生きて欲しい、と。
戦い、傷つき倒れることは騎士としては名誉かもしれない。
だが、大事な人が倒れることは、愛する者からすれば悲劇と絶望しか生まないのである。
「お前だけは幸せに生きて欲しかった・・・。」まっすぐに見つめてくる優しく温かい愛。
頬に伸ばしていた手をなぞるように頭へと持っていき、静かに撫でる。

「民もお前の事を愛しているし、私が倒れてもお前だけは、ハデスの血と無縁なお前だけは・・・そう思っていた。」

想いをつぶやくように漏らすアルトシャンの声は、いつもの威厳溢れる剣帝のものではなかった。
どこにでもいる、娘の幸せだけを望むひとりの父親の祈り。
「お父様・・・。」自分を見つめる父の眼差しがどんどん悲しみに押し潰されていき、不安げに見つめる。
だが彼女に見つめられれば、見つめられるほどアルトシャンは悔しさと怒りが湧き上がってついに拳を床に叩きつける。

「しかしマヴガフのせいでそれさえも、私の最も愛したひとつさえもハデスに握られてしまったのだ!」

娘は立派に成長してくれた。彼女なら、オーレイル家を託す事が出来る。
民から愛され、幸せに包まれ、彼女は自分が出来なかったやり方でアスクを変えて行ってくれる、そう信じていたのに。
許せない、全てを壊したあの男が。その時視界に入った娘の眼差しにはっとした。

「アンドラス、心して聞け。たとえハデスの血を宿そうとも、その力を扱うのはお前自身だ。
 意思決定はお前に委ねられている。気を強く持て、そして常に己を律し、闇を制御するのだ。」

不安げに見つめてくる娘を見つめ、そっと彼女の華奢な肩に手を乗せて言い聞かせる。
自分と同じように、血に怯え、人を信じられなくなってはならない。
全ては己の心の持ちようだと諭すのだが、アンドラスは不安をいっぱいに湛えた顔で父の手を取ってきた。

「どういう意味ですか?何だか、お父様が遠くに行ってしまうように聞こえます!どこにも行かないでください!」

何かは分からないが、漠然とした、それでいて胸をいっぱいに覆いつくそうとする不安。
それから逃げるようにして、父にしがみついた。要らぬ心配を掛けてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいで
飛びついてきた娘を受け入れて静かに背中をさすってやるアルトシャン。

「どこにも行かぬ。だが、お前は事が一段楽するまで帝都から離れ、身を隠すのだ。」

一瞬、言われたことが理解できなかった。ようやく頭が理解しても、今度は心が受け付けない。
自分だけ広がる悲しみから目を背けて、静かに暮せと父は言うのか?

「ど、どういうことですか?!私も国を守りたい気持ちは一緒です!ハデスにのっとられたりするのは嫌です!」

今まで父の言いつけに対して反論したり、まして拒絶する事なんて一度もなかった。
それは、父がいつでも自分を大切に想ってくれ、何より民のためを考えての指示ばかりだったからだ。
今父が命じたことは、確かに自分を大事に想ってくれているが、民を見棄てよというようなものだった。
「だからこそ、だ。」ところが、アルトシャンはそうではないと、今一度両肩に手を添えて見つめてきた。

「私が希光を倒し、ハデスの復活の鍵である希望のマナを断つ。
 そしてマヴガフが企んでいる創造の錬金術を破壊する。そうすれば、もはや脅威はなくなる。」

彼女をマヴガフの手に汚させるわけには行かない。彼は明言した、何れアンドラスをもらいうけると。
父としてそんな事は絶対に許すことは出来ない。出来る限り、あの男から娘を遠ざけて置きたかった。

「その間、お前は身を隠すのだ。全てが終わった後に、私の右腕となって欲しい。」
「そんなのいやです!お父様がそこまで覚悟をお決めになられているのに、私は見ているだけなんて!」

自分達が生み出してしまった混沌だ。それに娘を巻き込みたくなかった。
彼女には、全ての混沌が晴れた青空の下で笑い、民に希望を振りまいて欲しい。
父の切なる願いを、アンドラスは腹からの声で拒絶して、一度父から離れると瞳をじっと見つめて懇願し始める。

「・・・私も、私のやり方で民を守ります。
 お父様がマヴガフ様をお止めになるのならば、私は創造の錬金術を消し去ります。」

どうにかして、愛する者を助けたい。父を、そしてたくさんの民を。
今も頭の中には、優しい父の微笑と、たくさんの子供達の元気な声、そして都民の笑顔が浮かんでくる。
それらに全て背を向けて、自分だけ安全な場所へ逃げるなんて・・・絶対に嫌だった。

「ならぬ、お前は私にとっての希望だ。今マヴガフの手の届くところにあってはならぬ。」

だが、必死に見つめてきて、心からの言葉で懇願してもアルトシャンは認めようとはしなかった。
彼とて娘と同じだった。全てを守りたい、その為に自分が全てに決着をつけねばならないと強い責任感を持って。
だがそれが間違いであると、剣帝の道を否定したのは他でもない娘だった。

「もう私は守られているだけは嫌なのです!
 私だって!民を、お父様をお守りしたい!お父様ばかり非難されるのは辛抱ならないのです!」

涙を振り飛ばしながら、悲鳴に近い声ではっきりと己の意志を叫ぶ。
彼女は感極まり、父の手を跳ね除けるとその雄大な両肩に手をやって想いを吐き出してきた。

「お父様が自身を犠牲にして私たちを守ったら、私たちは愛する人を犠牲にしたことになります!
 私たちだって愛する人を守りたい気持ちは同じなのに、どうしてそれをお父様は拒絶するのですか!!私たちを信じてくださらないのですか!」

顔を真っ赤にしながら、美しい顔をくしゃくしゃにして涙に咽びながら怒鳴る娘。
これが・・・1年前は言葉も喋れず何も愛せず、何も感じられなかった空っぽな魂だったというのか。
世界最強の剣帝が今、ひとりの華奢な乙女の前に崩れた。

「アンドラス・・・。よく自分の意志を貫けるようになってくれたな。さすが我が自慢の娘だ・・・。」

心を打たれた。こんなに心を動かされたのは初めてかもしれない。
全てを動かす側だった自分が、初めて人の思いによって動かされた気がする。
そう、愛するには、信じなければならない。そっと壊れないように抱きしめて、アルトシャンは涙していた。

「分かった、何も言わぬ。だが無理だけは絶対にするな。
 お前はこれからのアスクを担っていかねばならぬ一人なのだからな。」

ようやくに父が理解してくれて、アンドラスは強く父に抱き着くとしばらくして彼の許を離れた。
互いにしなければならないことが沢山ある。父子としてだけではなく、国を守る同士として。
そっと部屋を出た彼女はしばらく廊下を歩いてふと立ち止まる。

「・・・お父様はこの一戦に全てをかけておられる。でも、創造の錬金術が残る限り悲劇は繰り返される・・・。」

窓から夜景を眺めるその眼差しは剣のように切れ長で、危機を前にして拳を握りしめていた。
父はああいう風に言ってくれた。その覚悟に、娘として、国を守る騎士として答えなければならない。

「何としても止める、止めて見せる!」

闇に消えたあの不敵な笑みを想いだし、彼女は再び歩き出す。
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